青木マッチョの高校・大学の学歴は?軽音部希望も罠にハマりラグビー部に入部した経緯とは?

青木マッチョ

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元消防士という異色のキャリアを持ち、現在は「クリスタルジム」のトレーナーとしても活躍する吉本一の肉体派芸人が注目を集めています。デッドリフト260kgを持ち上げる超人的なパワーに加え、50m走6秒という驚異のスピード、さらには絶対音感やピアノ講師免許まで持つというスペックの渋滞ぶりが話題。2025年ブレイク芸人ランキング1位に輝き、今やバラエティで見ない日はない存在、それが青木マッチョさんです。

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青木マッチョさんの魅力は、その強靭な肉体と、消え入りそうなほど小さな声という極端なギャップにあります。圧倒的な威圧感を放つ180cmの巨体でありながら、内面は驚くほど繊細で、常に端っこでコソコソしている姿が「可愛すぎる」とファンの心を掴んでいます。何事もプロ級まで極めるストイックさと、隠しきれないシュールな笑いのセンスが唯一無二の輝きを放っているんです。

そんな青木マッチョさんの、今の姿に繋がる学生時代の話がとっても気になりますよね?

「出身の高校ではどんな生徒だったの?」「大学には進学したの?」「今の筋肉や性格は学生時代にどう作られたの?」といった、特に高校・大学時代の歩みに絞って詳しく知りたいという方も多いはず。

この記事では、公表されている確かな情報をもとに、青木マッチョさんの知られざる高校時代のエピソードや、進路のナゾについてスッキリ解決していきます!

目次
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青木マッチョの高校・大学の学歴は?|プロフィール

項目内容
名前(ふりがな)青木 マッチョ(あおき まっちょ)
生年月日1995年7月31日
年齢30歳(2025年12月現在)
出身地愛知県名古屋市緑区
身長180cm
血液型B型
趣味ソロキャンプ、銭湯・絶叫マシン巡り、謎解き、クレヨンしんちゃん映画鑑賞、バイク、パンクロック
特技ピアノ・ドラム・カリンバ演奏、太鼓の達人、あみだくじ、缶を斜めに立たせる、大食い早食い、50m走6秒、デッドリフト260kg、カエル倒立
資格ピアノ講師免許、大型免許、元消防士(レスキュー隊)
X(旧Twitter)aoki_Nomacho
インスタグラムaoki_no_macho
Youtube青木マッチョ / aoki No macho
所属事務所吉本興業(東京NSC27期)

青木マッチョの高校・大学の学歴は?|出身校一覧

出身校
  • 小学校・・・不明
  • 中学校・・・名古屋市立扇台中学校
  • 高校・・・・愛知県立昭和高等学校
  • 大学・・・・進学せず

青木マッチョさんの出身校は上記の学校が噂されています。下記で詳しく見ていきましょう。

青木マッチョの高校・大学の学歴は?|幼少・小学校時代

出身小学校・・・不明 

後述する中学校(名古屋市立扇台中学校)の校区から

  • 名古屋市立徳重小学校
  • 名古屋市立常安(じょうあん)小学校
  • 名古屋市立鳴海東部(なるみとうぶ)小学校

以上の学校の可能性が考えられます。

🧸 幼稚園時代:デカいのに「振り回される」置物系男子

生まれた時からビッグサイズだった青木マッチョさん。幼稚園では頭一つ抜けて大きく、憧れの先生と手を合わせたら自分の方が手が大きくてドキドキが霧散した……なんて、可愛すぎるエピソードをお持ちです。

でも、見た目の威圧感はゼロ!実際はクラスの女の子に文字通り「物理的に」振り回されていたんだとか。友達と群れるよりも、一人で黙々と**「顔が映るほどピカピカの泥団子」**を作ることに心血を注いでいたそうです。この頃から、一つのことを極める「職人気質」が爆発していたんですね。

🎒 小学校時代:伝説の「手提げ袋オンリー登校」事件

小学3年生の時、青木マッチョさんの人生を左右する大事件が起こります。それが**「ランドセル忘れ事件」**です!

  • 状況:手提げ袋を持つことに全神経を使い、ランドセルを背負い忘れる。
  • 強気な態度:集団登校の仲間の指摘を「毅然とした態度」でスルー。
  • 悲劇の結末:朝の会で母親がランドセルを届けに来て、クラス中の注目の的に。

このあまりの恥ずかしさから、「目立ちたくない、空気になりたい」と強く願うようになり、今の**「存在感はあるのに消え入りそうな小声キャラ」**が完成したようです。人生、何がきっかけになるか分かりませんね……!

🎨 才能を開花させた「お嬢様系」習い事リスト

4人兄弟全員男という環境ながら、最も静かだった青木マッチョさんは、ご両親の「女の子ならやらせたかった」という願いを一身に背負い、独自の英才教育を受けました。

習い事期間・内容今に繋がっているポイント
絵画教室幼稚園〜小3頃。油絵や陶芸、漫画制作まで。独創的なセンス。小6で自由帳10冊分の漫画を描き上げる集中力!
英会話小学校低学年。「通うのがキツイ」と車送迎なのに辞める。グループ活動が苦手という「個」のキャラクターの確立。
エレクトーン3歳〜高校1年生(13年間!)。Zepp Nagoyaでの演奏経験も。絶対音感の習得。練習すれば何でもできるという最強の成功体験。

絵画教室では、先生から「上手くなりすぎた(独創性が消えた)」と言われて絶望し辞めてしまうという、まるで映画のようなエピソードも。今の青木マッチョさんの「型にハマらない面白さ」は、この時の絶望を乗り越えた先にあるのかもしれません。

💻 ネットの海で磨かれた「情報の目利き」

土日に兄弟が野球に打ち込む中、一人自宅でパソコンに没頭したのも大きな転機でした。

小学4年生で自分のホームページを作り、掲示板や相互リンクを使いこなす「早すぎたネット民」だった青木マッチョさん。学校では自慢できないスキルでも、**「自分には外の世界に繋がる武器がある」**と心を奮い立たせていたそうです。

この時培われた「面白いものを見つける力」や「一人で世界を作る力」が、今の芸人としての発想力に直結しているのは間違いありません!

💡 考察:青木マッチョさんの「静かな強さ」の正体

幼少期の「恥ずかしさ」や「孤独」を、ピアノやネットといった**「一人で没頭できるスキル」**に昇華させたことが、今の唯一無二の魅力になっていますよね。

「目立ちたくない」と言いながら、デッドリフト260kgを持ち上げ、絶対音感で楽器を操り、お笑いの舞台に立つ。その矛盾こそが、私たちが青木マッチョさんから目を離せない最大の理由なのかもしれません!

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青木マッチョの高校・大学の学歴は?|中学時代

出身中学校・・・名古屋市立扇台中学校 👉 出典 Wikipedia

この学校の出身であることはWikipediaに掲載されていることから可能性が高いと考えられます。

青木マッチョさんの中学時代は、まさに「今の青木マッチョ」を形作った転換期のオンパレード!筋トレ、陸上、ドラム、そして独特すぎる感性……今の活躍に繋がる伏線がこれでもかと詰まっています。

📜 卒業文集の夢は「とりあえず生きること」!?

中学の卒業文集で「将来の夢」を書いた青木マッチョさん。前半は「バンドで武道館」「国会議員になってお金持ち」と、先生の「議員は給料がいい」という言葉に即影響された野望をぶちまけていました。

ところが、最後の一文で急に**「夢は、とりあえず生きていることです」**と投げやりな着地!キラキラした夢と、どこか冷めた現実感が共存する独特の感性はこの頃から健在だったんですね。

🥁 太鼓の達人で見つけた宿敵!「新旧みっくん」事件

放課後は地元のスーパー「アピタ」で太鼓の達人に没頭。ランキング1位を独占するほど打ち込んでいた彼ですが、突如「みつ」という謎のライバルが出現します。

意を決して、同級生だと噂の「みっくん(旧)」に声をかけるも、**「は?きも」**とバッサリ。ショックで心が折れかけますが、実はもう一人いた「新みっくん」こそが真のライバルであり、とても優しい子だったというドラマのような和解劇がありました。この負けず嫌いな性格が、今の芸のクオリティに繋がっているのかもしれません。

🎸 借金20万円!?伝説のバンド「ふりかけしゃわー」

太鼓の達人とエレクトーンの経験から「ドラムもいけるはず」と確信した青木マッチョさんは、独学でスキルを習得。ついにバンド**「ふりかけしゃわー」**を結成します。

その熱量は凄まじく、中3にして20万円の電子ドラムを「借金」で購入!返済のために高校生になってすぐ新聞配達を始めたそうです。この「興味を持ったら後先考えずに突き進む」姿勢こそ、消防士を辞めて芸人を目指した決断力に通じるものがありますね。

🏃‍♂️ 人間軽量化大作戦と「肩パン専用マシン」の悲劇

陸上部ではハードル走で名古屋1位を獲るほどの実力でしたが、ここで「ラジコン理論」が牙を剥きます。「車体を軽くすれば速くなる」という理屈を人間に当てはめ、無理なダイエットで170cm後半・56kgという超ガリガリ体型に。

しかし、待っていたのは足の鈍化と、地元の不良に絡まれまくる日々。あまりの弱々しさに、コンビニに行くたびに不良の「肩パン専用マシン」にされるという、なんとも切ない暗黒時代を経験しました。

💪 「脱がないマッチョ」の誕生!平和のための筋トレ

「不良に絡まれず、平和に生きたい」……その一心で通い始めたのが、現在のマッチョの原点であるジムでした。

ただ、そこは青木マッチョさん。見せびらかすのが目的ではないため、人前で脱ぐことは一切せず、**「服を着ていても分かるぐらいマッチョになろう」**と教室の隅で決意を固めました。周囲の「脱ぎたがり」な陽キャを横目に、静かにバルクアップに励む。この「静かなるマッチョ」の美学は、15年以上経った今も全く変わっていません!

🎨 美術の才能と、先生が絶句した「羅生門」

英才教育の賜物で美術の成績はピカイチ。知識も技能も3年間ずっと「A」でしたが、余裕をぶっこきすぎて「取り組む態度」だけはまさかの**「C判定」!

さらに伝説なのが『羅生門』の読書感想文です。本を読み始めるまでの自分の行動だけで原稿用紙5枚を使い切り、最後を「ついに僕は羅生門を読み始めた」**で締めくくるという、もはや文学的な(?)暴挙を達成。これには先生も苦い顔を隠せませんでした。(笑)

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青木マッチョの高校・大学の学歴は?|高校

出身高校・・・・愛知県立昭和高等学校

この学校の出身であることは各メディアやファッションモデル、NHK名古屋放送局契約キャスター・ディレクターの加藤里奈さんがSNSで紹介していることから間違いないでしょう。

青木マッチョさんの高校時代は、まさに「筋肉と汗と、ちょっぴり切ないトホホ」が詰まった濃い3年間だったようです。今の彼の愛されるキャラクターが、この時期にどう形成されたのかが見えてきました!

🏉 運命のキャッチ!「モテたい」はずがラグビー部へ

高校入学当初、青木マッチョさんの野望は「軽音部に入ってバンドを組み、女の子にモテまくること」でした。しかし、正門で待ち構えていたラグビー部の先輩たちの罠(?)にかかってしまいます。 投げられたボールをキャッチした瞬間、「天才だ!」「筋肉すげえ!」と囲まれてチヤホヤ……。気づけば、キラキラのバンドマンとは真逆の、泥臭いラグビーの世界へ足を踏み入れていました。チヤホヤされていたのは体験入部までという「入部あるある」の洗礼も、今では笑い話ですね。

🏃‍♂️ 自称「運動音痴」の苦悩と、無限トライのループ

デッドリフト260kgで50mを6秒で走るスペックを持ちながら、本人は「実は運動音痴」と断言しています。特に球技が大の苦手で、ウイングというポジションを務めた試合では、キックされたボールを何度も落としてしまう(ノックフォワード)大失態! 「あいつはボールが取れない」と相手チームにバレてしまい、延々と自分を狙ってボールが蹴り込まれ、失点を重ねるという生き地獄のようなループを経験しました。この時の「トホホ……」な記憶が、二度とウイングはやらないという決意に繋がったそうです。

🏥 最後の夏に起きた「まさか」の悲劇

愛知県でベスト8に入るほどの強豪校で、1年生から試合に出続けていた青木マッチョさん。しかし、3年間の集大成となる最後の大会予選で、まさかの大怪我に見舞われます。 「肝心な時に出られないのが僕らしい」と自虐しつつも、スタンドから仲間を応援した当時のモヤモヤした気持ちは、今の彼が持つ独特の「哀愁」や「謙虚さ」のスパイスになっているのかもしれません。

❤️ それでも「ラガーマンは最高」と言える理由

地獄の練習やトホホな失敗も多かった高校時代ですが、それでも青木マッチョさんは「ラグビーをやって良かった」と語ります。その理由は、かけがえのない「仲間」の存在です。 恐怖を乗り越えて生身でぶつかり合うスポーツだからこそ、出会った人は思いやりのある良い人ばかりだったとのこと。「周りの人々に恵まれたから9年も続けられた」と断言する彼の人柄の良さは、この熱いスポーツマンシップの中で育まれたんですね。

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青木マッチョの高校・大学の学歴は?|大学には進学していない

青木マッチョさんの「高校卒業から消防士時代」にかけてのエピソードは、今のストイックさと哀愁漂うキャラクターの原点が詰まっていて、驚きの連続です!

🎓 大学進学を選ばなかった「切実な理由」

青木マッチョさんは、大学には進学していません。 進学校に通いながらも、ラグビー部の練習があまりに過酷で、勉強に手が回らず成績がガクンと落ちてしまったんだとか。さらに、ボール扱いが下手すぎて一人だけ朝練をさせられ、試合に出れば怒鳴られるという「絶望の高校生活」を経験。

「キラキラした陽キャが集まるキャンパスライフに、自分のような陰キャが混ざっても苦しむだけだ……」という冷静すぎる自己分析から、早々に就職という道を選択したそうです。

🔥 1日15時間の猛勉強!「筋トレを仕事にする」ための決意

進路に悩んでいた際、お兄さんの同級生が消防士になったと聞き、「これだ!」と直感。その理由は、**「働きながら筋トレができるし、体を鍛えることに正当な理由がつくから」**という、なんとも彼らしいものでした。

そこからの集中力はまさに「努力の天才」。1日15時間も公務員試験の勉強に費やし、結果は体力試験以外すべて1位という圧倒的な成績で合格!エリートとして、1年目から花形のレスキュー隊員に抜擢されることになります。

🚒 レスキュー隊員としての「頑丈すぎる」活躍

期待の新人として配属されたものの、現場ではラグビー部時代と同様に「自分は足を引っ張っている」と感じる日々だったそうです。 しかし、唯一「この仕事に向いている」と実感したのが、その驚異的な体の丈夫さ!火災現場で崩れてきた瓦が頭上に降り注いでも、なんと無傷で生還。 上司からも「青木だったから助かったんだぞ」と、その屈強な肉体を大絶賛されました。

⌛ 6年間の勤務と「楽しめない自分」への葛藤

結局、消防士として6年間勤め上げましたが、24歳で退職を決意します。 理由はシンプルに**「仕事が楽しくなかったから」**。最後の年は最高のチームに恵まれたそうですが、それでも仕事中のしんどさを拭い去ることはできず、ずっと辞めるタイミングを探っていたといいます。

この「安定した公務員の椅子」を捨ててまで、自分の心が動く場所を探し求めた決断が、後の「芸人・青木マッチョ」の誕生へと繋がっていくのですね。

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青木マッチョの高校・大学の学歴は?|芸人を目指したきっかけ

消防士という安定した公務員の職を捨てて、なぜ「お笑い」の世界へ?青木マッチョさんの芸人デビューまでの道のりは、彼らしいシュールさと、人生一度きりの決断力が光るドラマチックなものでした!

🏥 退職の決め手は「兄の幸せ」と「痔ろう」!?

6年間勤めた消防署を辞める決断をした時、青木マッチョさんの背中を押したのは意外なことでした。2人の兄が結婚してマイホームを建て、親が安心しきっている姿を見て、「よし、俺はもう自由に生きていいな」と確信したそうです。

そして、いざ辞める!となった瞬間に選んだタイミングが、なんと**「痔ろう」での入院前日**(笑)。「辞めます」と宣言してすぐに病院へ逃げ込めるという、緻密(?)な計算のもとで退職を伝えました。涙を流して悲しんでくれる同僚もいたそうですが、彼の「楽しいことをやりたい」という決意は揺らぎませんでした。

✈ 俳優・パイロットを検討しての「お笑い」

退職後、最初は映画や旅行好きを活かして「俳優」や「パイロット」を目指そうと考えたそうですが、年齢的な壁を実感。そこで行き着いたのが、小学生の頃から大好きだった「お笑い」でした。

「目立ちたい」という本能に素直になり、すぐさま上京。NSC(養成所)に入るまでの1年間は、バイトをしながら**「筋肉を育てる」**ことだけに集中したそうです。消防士時代に「体がデカいのに元気がない」と怒られた経験を、逆手に取って最強の武器にしようと考えたわけですね。この逆転の発想、まさに芸人の才能です!

🏆 NSCでいきなりの全国1位!確信へと変わった瞬間

2020年にNSC東京27期生として入学した青木マッチョさん。最初は「楽しければいい」というマインドでしたが、すぐに大きな転機が訪れます。 大阪校・東京校合同の特技披露イベントで、あの**「カリンバ演奏」を披露したところ、並み居るライバルを抑えて生徒全体で評価1位**を獲得!

「全国から面白いやつが集まる場所で1位を獲れるなら、本気でやる価値がある」と、自分の進むべき道に確信を持った瞬間でした。

💡 「売れたい」より「楽しい」が最強

もし最初から「売れなきゃ」と気負っていたら、一歩も踏み出せなかったと青木マッチョさんは語ります。「売れなくてもフリーターで生活はできる、まずは楽しもう」という軽やかなマインドが、今の唯一無二の空気感を生んでいるのかもしれません。

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青木マッチョの高校・大学の学歴は?|まとめ

いかがだったでしょうか?今回は青木マッチョさんの高校・社会人時代、そして芸人を目指したきっかけについて解説してきました。

分かったこと
  • 高校・大学の学歴は:愛知県立昭和高等学校を卒業。大学には進学せず、高校卒業後すぐに消防士として就職しています。
  • この世界に入るきっかけは:6年間務めた消防士の仕事に「楽しさ」を見出せず、24歳の時に退職を決意。兄たちの自立を見て「もう親を安心させなくてもいい」と考え、以前から興味のあったお笑いの道へ進むため上京し、2020年に吉本興業の養成所(NSC)に入学しました。

「モテたい」一心で始まったはずの高校ラグビー生活から、1日15時間の猛勉強で勝ち取ったレスキュー隊員の座、そして「痔ろう」を機に飛び込んだお笑いの世界まで。一見バラバラに見える経歴も、すべては「筋肉」と「没頭」というキーワードで繋がっていましたね!大学に行かずに社会へ出たからこそ磨かれた、冷静な自己分析と驚異の行動力こそが、今の彼の強みと言えそうです。

2025年、お笑い界のトップランナーへと駆け上がった青木マッチョさん。これからは、その圧倒的な身体能力を活かしたアクション俳優や、絶対音感を武器にした音楽活動、さらには元レスキュー隊員という経歴を活かした社会貢献活動など、芸人の枠を超えたビッグな活躍が期待されます。「楽しければいい」という最強のマインドを持つ彼なら、きっとこれからも私たちが想像もできないような面白い景色を見せてくれるはずです。これからも青木マッチョさんの「静かなる大躍進」から、一瞬たりとも目が離せませんね!

参考・出典一覧

出典元ページタイトル
吉本興業株式会社青木マッチョ プロフィール
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この記事を書いた人

長年勤めた会社の正社員をやめてパートになった駆け出しパート主夫です。
日頃興味を持ったエンタメを中心としたニュースや疑問に思ったことをお届けします。このブログを読んで同じ興味や疑問に思った皆さんの役に立てたら幸いです。

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